| 働く場の工場跡 |
やっと息子がバイトを始めたこの夏。お金の有難さがわかったのか?と思いきや、3万といくらほどのジーンズを買おうかと・・・・・・あぁ??なんです?
自分がバイトして買うのだから文句はないけど、いったい金銭感覚なんじゃろか?
なのに、なにやらの集まりやちょっとしたご飯代もいるしなーとブツブツ。
何時間か働いて、その対価で買うジーンズはそんなに価値があるのか?と尋ねたら、はて?だと。借金はきっちり返してもらいますよ。と一応脅しておくことにする。
まぁ、買う買わないは判断は息子に任せるとけど息子もバイトをしだして、ますます夜は一人になってきた。
が、ご飯はいらないではなく、夕方帰ってきて食べて行くので、前より慌ただしいと言うか、作り置きだの、私が在宅時なら4時から夕食の支度だのと、いいんだかどうだか。
娘も就活も徐々にスタートしだしたし、働くというのをなんとなく考える事が多いこの頃。
私は幼い頃からおばぁちゃんに手に職をつけろと言われてたんだけど、バカ娘だったのでそんなことはさらさら考えず今に至る。あの頃の私に飛び蹴りしたい気分。
結婚をして、いざパートなどを考えても、やっぱパートとはいえ医療関係は時給がいいし、スペシャリストな人達は、ちゃんとそれを活かししっかりがんばってらっしゃる。
教職に就いた友人はいまだ続けている。
不器用かつ才能も役立つ資格もない私は、チマチマと息子と変わらない時給でパートのおばちゃん・・・・・・おつかれ私(笑)
しかも、母の世話だの最近体調あかんだの甘え放題。あかんやないの!!!
理想は、やりがいだの達成だの責任もって打ち込める仕事を続けれる事だとは思うんだけど、今の現状は稼ぐ。お金を稼ぐって感じ。
もちろん、ささやかなパートのお仕事でも、自分なりのやり方で効率よく、周りも動けるように工夫出来る時は充実感はあるんだどねー。
仕事=犠牲
になってしまったら、自分のアイデンティティーが崩れていくよな気もするし。
こんな考えは、まさに夫あってのことなので、そこは素直に感謝してますデス。
シングルだともっとがむしゃらなんだと考える。
息子のアルバイト情報や、娘の就活の冊子をパラパラ見ながら、「楽しくお仕事!」や「やる気」やら「お客様の笑顔のお手伝い」の言葉に、そっかーと思う。
この「そっかー」は自分では表現しようのない言葉なんだけども。
娘の仕事も、生き生きできる適正にあった仕事でありますようにと願うなー。
そうなら、つまずいても踏ん張れそうだ。自分に合ってなかったら乗り越えるのは厳しいぞ。
自己嫌悪と理不尽に責任転換するようになるかもしれない。









